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久しぶりの成田ゆめ牧場 [観光情報]

成田ゆめ牧場_栗拾い-01.jpg
栗拾い
落ちているイガの中から栗を取り出して網の袋に入れる
栗の鬼殻が艶があるもの、黒ずんでいるものは虫が入っている可能性があるらしい。
虫はイガが地面に落ちてから入り込むらしいので、落ちてから時間が経っていないものがいい



久しぶりの成田ゆめ牧場

 

 時間の流れは容赦なく生けるものすべてに早足で駆け抜ける。

あっと意識すると、もう10月も残り少ない。このまま年末になって年が替わると、早く春がこないかと思うまもなく夏が来て、暑いのをなんとかしたいなどと思う間もなく秋になり、台風情報なんかに警戒しているうちに、年末を迎えて慌てるんじゃないかって、いつも同じ流れで一年が飛んでゆく。

だからって、少しでも先の出来事が見えればいいんだけど、歳だけ取っても予見能力は備わらないんだな。

困ったモンだ。。。

 

この成田ゆめ牧場へ行ったのは、9月の初めだった。

なんだかんだとダラダラしていたら、記事をアップするのを忘れていた。

 

ということで、晩夏の情報ということでご容赦ください。

 

 

かつて家族に小さい子がいるときには、ずいぶん通ったな。成田ゆめ牧場という観光牧場。

成田が付いているが、香取や神崎などに近く成田市街地からは結構な距離がある。

 

大人向けとしては、農業体験、季節の花摘み、セグウェイ体験、併設されているキャンプ場、ドッグラン施設、それにナローゲージとは言え本格的蒸気機関車が牽引のトロッコ列車が人気の「まきば線」(ハイシーズンのみの運行、それ以外はディーゼル機関車牽引)などがある。

 

久しぶりの入園で、牧場側としても人気の維持のため、いろいろリニューアルしているのがわかった。

 

おいらとしては、昔から「まきば線」の蒸機。

でも当日はウィークデイのため、トロッコ列車の運行は蒸機ではなくディーゼル牽引だった。

この鉄道の運行管理、保守などは「羅須地人鉄道協会」のボランティア団体が行なっているようだ。

ソネブロにもサイトを公開しているので、古くからその楽しそうな活動の内容を知っていたので、牧場へ行くたびにあちこちを見て歩くのが楽しみになった。

 

半日、栗拾いの栗林、牧場内、まきば線を散策して綺麗な空気の中で結構な距離歩いたかもしれない。

健康に少しは役立ったかもしれないなどと思いながら、帰宅してから手っ取り早い焼酎の水割りで疲れを癒した。

 

 

 




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タグ:観光
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川村記念美術館から [アート]

川村記念美術館-01.jpg


川村記念美術館から

 

  一雨ごとに秋らしい陽気になるのが例年の習わしということだが、月曜日の雨の翌日は、天気予報によると雨も降るかもって微妙だったのが、そこは晴天に恵まれたのはグーだったが、雨の翌日なのに夏の暑さが戻ってきたようなサービス過剰な天候だった。

 

加曽利貝塚土器づくり同好会の会員のお一人が、土器づくりの権威とも言える方の個人宅への訪問のアポイントメントをとっていただいたので、8名ほどの団体で訪問することがかなった。

 

それで、川村記念美術館で待ち合わせ。

 

少し早めに着いたので、園内を散策して時間を潰すことにした。

よく整備された庭園の植物たちも、季節的には秋なのか、それとも気温的には夏なのか迷っていることだろう。

 

 

この中途半端な季節を感じながら駆け足で見て廻った。

 

休憩所で皆さんに合流して今日の目的地へ出発だ。

 

 

おいら的には、いつも感じるのだが千葉の道はわかりづらい。

先導する車に置いて行かれないように必死で着いてゆくと道はどんどん狭くなって、最後のお宅へ通じる小道は畑の農道のような道。

 

 

ここは縄文の丘は個人のお宅なのだが、広大な敷地には山林で中に竪穴式住居や貝塚、土器づくりの工房などをはじめ、住居内には少年時代から収集されたという本物の土器や土器の破片をはじめ、自らが研究されで復刻されたという土器、土偶、木製品、石器、矢じりなどが飾られている。

縄文の空気の中で生活されているようなものだ。

 

土器づくりへの強い情熱などお聞きして貴重な体験をさせてもらった。

 

大変おせわになりました。ありがとうございました。

 

 

 

 

   


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タグ:加曽利貝塚
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加曽利貝塚イベント紹介 [加曽利貝塚]

加曽利貝塚 縄文まつり.jpg
ガラス窓に貼ってあったものなので裏側の黒っぽいものが見えている


加曽利貝塚 縄文まつり 10月29ー30日

 

  昨日16日は、市民土器づくりの最終日で土器の焼成の日であった。粘土づくり、成形・施文、施文・磨き、焼成と4回に渡っての土器づくりの最後の工程。(9月11日から10月16日までの4回)

 

土器焼成は野焼きのため、雨天の場合はできない。

(雨で濡れてしまった土器を焼成すると割れてしまうため)

このところずっと天候が悪くて焼成できるか心配されたが、朝から青空で見事な焼成日和であった。

(途中でパラパラと雨粒が天から落ちたが、土器が濡れないようにしてなんとか切り抜けた)

 

 

話は変わるが、加曽利貝塚博物館が開館50年を迎えると言うことだ。

50年の節目を記念した「縄文まつり」が開催される。

これを機にさらにステップアップして縄文文化を広めていって欲しいものだ。

 

16日の市民土器づくりの時に、この「縄文まつり」のポスターを初めて見た。

 

千葉市の方は「ちば市政だより10月15日号」で広報されたのでご存知かもしれない。

 

興味ある方はお越しいただけたら幸いです。


 

 

 

   


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タグ:加曽利貝塚
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ペリーが歩いた横浜・YOKOHAMA その3 [歴史散歩]

ペリーが歩いた横浜_キリン公園-28.jpg
キリン公園の石碑「麒麟麦酒開源記念碑」
キリン公園って言うのもすごい命名だが、ここはペリーの時代以降のものなので、サービスといったところか
ところで、横浜はなんとか発祥の地となっているところがすごく多い
海外の情報、文化、技術が非常に大切だと言うことだろうか

こんな日にこの場所で冷えたビールでも飲みたい雰囲気だが、
まだ先があるので我慢


ペリーが歩いた横浜・YOKOHAMA  主催:NPO法人神奈川歴遊クラブ

 

  前記事に続き、ペリーが休日の1日を横浜の村と日本人を知るために歩いたとされる足跡を訪ねた。

 

前記事の元町公園の木立の日陰はありがたかったが、山坂で汗をかいたのでプラスマイナスゼロってところ。

山手の高級住宅地らしき坂道を下っていく。

T字路の突き当りが小学校。小学校の前を行くと左側に小さな公園。

公園の名がキリン公園だって。

 

もと来た道を戻りながら歩いていると英語が聞こえてくる。

外国人などが多い学校なのか。

さすが、横浜らしいねと変なところで感心させられた。

 

あえて英会話教室なんかに通わなくても、小さい時期からこうした環境にいれば英語も不自由なく話せるんだろか。

もっとも考え自己を主張し相手に伝えることの技術がないと無意味だけどね。。。

 

日米和親条約の交渉の時に日本側に日本人の通訳がいると言う話があったことを思い出した。

当時はオランダ語が外国語の主流であったので、通訳は英語<ー>オランダ語(米側)<ー>オランダ語(日本側)<ー>日本語 だったようだ。

 

観光地となっている横浜外国人墓地を見て、貝殻坂を下って行くと外国人墓地として最初に作られたエリアがある。

ここにペリーの部下などが葬られていると言う説明があったが、塀の外から覗いても見ることができないようだ。

ここからしばらく歩くと、今回の最終目的地 代官坂。

ペリーはここの代官屋敷で休憩して多分な接待と受けたと言う。

昔の日本人の寛容さが伝わってくる。

 

暑い中での小旅行で非常に興味深いお話を交えながらの主催者、関係者の方々には感謝申し上げます。

友人の歩数計で15.000以上だったようで久しぶりの徒歩による運動と言える運動だった。

 

 

コース

1)日米和親条約締結地

2)海辺通り(元浜町通り)

3)洲干弁天社(神奈川県立歴史博物館付近)

4)太田屋新田(太田屋通り)

5)横浜新田(中華街)

6)元町公園・貝殻坂

7)東漸寺跡(北方小学校)

8)麒麟麦酒開源記念碑

9)横浜外国人墓地

10)外国人墓地22区(海兵隊員ウィリアムズの埋葬地辺り)

11)増徳院跡

12)石川徳右衛門居宅(代官屋敷)

 

コースの順は各班との兼ね合いから1)から順番とはなっていなかった。

このシリーズは今回をもって終わります。

 


 

 

 

   


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ペリーが歩いた横浜・YOKOHAMA その2 [歴史散歩]

ペリーが歩いた横浜_日米和親条約締結の碑-13.jpg
以前に通りかかった大桟橋方面への道に面した「開港広場」はリニューアル工事中
外から覗くと地球儀を模した日米和親条約締結を記念した碑があった



ペリーが歩いた横浜・YOKOHAMA  主催:NPO法人神奈川歴遊クラブ

 

  前記事に続き、ペリーが休日の1日を横浜の村と日本人を知るために歩いたとされる足跡を訪ねた。

 

日米和親条約地から歩き進んで、変則的4差路にでる。左側には以前オーシャンドリーム号の体験乗船の時にきた大桟橋が見える。

街路樹が茂っていてとても綺麗なとことだ。

 

その角に現在は工事中だが、開港広場という公園がある。

工事中のため中には入れないが、外からは地球儀を模した石碑を見ることができる。

そこにほど近い場所に、横浜開港資料館がある。

入館すると正面に樹木がそびえている。これが、日米和親条約締結地の図で右側に描かれていた鳥居と神社の祠、その横にある木立そのものだという。

 

関東大震災で幹の一部が焼けてしまったが、現在も緑を茂らしている玉楠(タブノキ)

 

この横浜開港資料館で小休止(ここまで結構疲れた)

 

横浜中華街をかすって、美味しそうな匂いの誘惑に負けることなく、元町を抜けて元町公園までの道のりです。

この工程は山坂が多く、明らかな運動不測のおいらは息を切らしてついていくのが大変だった。

 

コース

1)日米和親条約締結地

2)海辺通り(元浜町通り)

3)洲干弁天社(神奈川県立歴史博物館付近)

4)太田屋新田(太田屋通り)

5)横浜新田(中華街)

6)元町公園・貝殻坂

7)東漸寺跡(北方小学校)

8)麒麟麦酒開源記念碑

9)横浜外国人墓地

10)外国人墓地22区(海兵隊員ウィリアムズの埋葬地辺り)

11)増徳院跡

12)石川徳右衛門居宅(代官屋敷)

 

コースの順は各班との兼ね合いから1)から順番とはなっていなかった。

実際に巡った順番に何回かに分けて記事にしていきます。

 


 

 

 

   


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ペリーが歩いた横浜・YOKOHAMA その1 [歴史散歩]

ペリーが歩いた横浜_桜木町駅-01.jpg


ペリーが歩いた横浜・YOKOHAMA  主催:NPO法人神奈川歴遊クラブ

 

   友人から彼の知人が所属するNPO法人が主催する歴史散歩の会があると紹介された。

興味があったのと、ここ最近の天候不順で主に散歩でしか運動というものをしなかったことで、明らかな運動不足であるだろうとの反省から、友人からのありがたい紹介を受けて出かけることにして申し込んだ。

もちろん、紹介された友人共々。

 

ペリーの名はもちろん知ってはいたが、その名で思い出す地は下田かな。

下田は日米和親条約によって開港した五港の一つで、日米和親条約が締結された地が横浜だということがわかった。

 

 

西欧列強は産業革命によって大量生産の手段を得たことで、素材を得て、加工品を輸出する交易を求めて、東アジアに進出しようとした。

当時の日本は海外との交易を禁止する鎖国政策をとっていたため、また英国の清国の植民地化などを見聞きしていることから容易に開国することはできなかった。

ヨーロッパの列強に比べると米国は大国ではあったが、戦火の実績もなく交渉しやすいと判断されたようだ。

 

 

それで、1854(嘉永7)年3月、4回の会談を経て日米和親条約が締結された。

この地が実に横浜だったのだ。

 

 

<条約締結後の4月6日、つかの間の休日を得て、ペリーは12名の部下とともに横浜村周辺を散策。

最後に訪れた名主の石川徳右衛門宅では家族の温かい接待を受け、村人とも交流して帰船しました。

4日後、品川沖まで船を進め、江戸の町を遠望。

4月18日、条約で開港されることになった下田と箱館を視察するために江戸湾を後にしました。

 

ペリーは日本人との交流を通して、当初は文明社会と半野蛮人との交渉と考え、軍事力を背景にした交渉をしましたが、次第に日本は将来、技術的な分野では先進諸国のライバルになるだろうと予言するようになったという。>

(NPO法人 神奈川歴遊クラブ 資料より抜粋)

 

 

 

この1854年4月6日の休日のペリーの足跡を辿るという。

 

JR根岸線・京浜東北線 根岸駅9:30集合

この秋は天候不順で雨の心配をしていたが、午前中はどんよりした重い雲に覆われていたが、いつしか青空に変わって、夏に逆戻りしたような暑い日となった。

 

多数の参加希望者がいて、何班かに分かれてコースをめぐる。

 

横浜は観光地としても人気のスポットだが、歴史的なスポットも数多くあって、それぞれに楽しめる大変よい場所だと再認識した。

 

コース

1)日米和親条約締結地

2)海辺通り(元浜町通り)

3)洲干弁天社(神奈川県立歴史博物館付近)

4)太田屋新田(太田屋通り)

5)横浜新田(中華街)

6)元町公園・貝殻坂

7)東漸寺跡(北方小学校)

8)麒麟麦酒開源記念碑

9)横浜外国人墓地

10)外国人墓地22区(海兵隊員ウィリアムズの埋葬地辺り)

11)増徳院跡

12)石川徳右衛門居宅(代官屋敷)

 

コースの順は各班との兼ね合いから1)から順番とはなっていなかった。

実際に巡った順番に何回かに分けて記事にしていきます。

 

今回はこれで終わり、次回以降に続きます。

 

 

 

   


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千葉市動物公園で試写 [カメラ]

千葉市動物公園_正門-01.jpg


千葉市動物公園にてカメラのテスト

 

   加曽利貝塚土器づくり同好会は毎年1月末(1/25から2/9 於:千葉市生涯学習センター)から作品展と称する一大イベントが開催される。

発掘された現存の縄文土器や土偶にできるだけ忠実に製作したものをみなさんに観ていただくことで、縄文土器に興味を持っていただくこと、加曽利貝塚を理解いただくこと、土器づくり同好会の活動を理解いただいて参加してもらうなど、これら諸々の目的から開催するものだ。

 

それぞれの会員が展示会開催に向けてやるべきことは、土器の製作だけではない。

 

会員は仕事をリタイアした人が多いので、チャレンジしながらバリバリこなすというのとちょっと違うかも。

 

おいらは、ポスターなどに使う土器などの写真撮影を仰せつかった。

 

今までの撮影スタイルがあるので、レンズの焦点距離と被写体から撮影位置まで、そしてライティング位置が決まっているようだ。

その撮影スタイルに合うための備品の一つ、おいらは、望遠系ズームを持っていないので、どなたかのカメラを借りないと先の条件を満たすことができないということだった。

 

ある方からカメラとレンズをお借りすることができそうだ。

事前にカメラに慣れないといけないんじゃないかということで、貸してもいただいた。

 

Canon EOS Kiss X5 とEF-S 55-250mm f/4-5.6 IS II

 

前置きが長くなったが、拝借したカメラを持って千葉市動物公園へ出かけて望遠系ズームで動物を狙ってきた。

土器と動物じゃ発音はちょっと似ているかもしれないが、被写体としては撮り方も異なるし、慣れるってことになるか疑問だったが。。。。

 

 

千葉市動物公園は今年リニューアルしてライオン2頭が仲間に加わった。

また、園内のあちこちも整備され綺麗になった。

そのか関係からか、入園料などちょっと値上がりしていたようだ。

 

人気の動物は以前からレッサーパンダだというのは変わらない。

ところでライオンは繁殖しすぎて、タダで販売されているということをテレビで見たことがあったっけ。

本人はタダだったかわからないが、真新しいライオン展示場の馴染んでくつろいでいた。

さすがは大物。百獣の王。

 

とても暑い日だったので、土を掘り起こしてぐったりと寝転がっている動物の姿が多かった。

おいらの姿を見ているようだった。

 

 



 

 

カメラに慣れたかって?まぁ 撮影予定日まではまだ時間があるので、なんとかなるでしょう。

ところで、一眼レフの印象はピントの速さと正確さ。おいらのミラーレスとは比較にならない。

いいんだけど、でかくて重い。

おいらのように体力ないものにはミラーレスかなぁ。 

 

 

 

   


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